今夜21時半(日本時間)、アメリカからひとつの数字が発表されます。その数字が予想より高ければ世界の株式市場は揺れ、低ければ安堵感が広がります。「CPI(消費者物価指数)」と呼ばれるこの数字に、いま世界中の投資家が息をのんで注目しています。なぜなら、イラン戦争がはじまった2月末以降、今夜の発表がはじめて戦争の経済的な衝撃を公式な数字で確かめる場だからです。
戦争直前の2月のCPIは、前年比2.4%でした。悪くない水準でした。ところが戦争がはじまると原油価格が一時1バレル116ドルまで跳ね上がり、アメリカのガソリンスタンドでは1ガロンが4ドルを超えました。専門家たちは今夜発表される数字が3.3〜3.7%程度まで急上昇すると見ています。たった2ヶ月で1%ポイント以上も跳び上がることになります。この数字が何を意味するのか、そしてNISAとどう関係しているのかを、ひとつずつ順を追って見ていきます。
CPIとは何か――スーパーのレシートから生まれる物価指数
CPI(消費者物価指数)とは、アメリカの普通の家庭が毎月買ったり使ったりするものの値段がどれだけ変わったかを数字で表したものです。食料品、ガソリン、家賃、電気料金、医療費、家電製品など、実生活に直結するおよそ8万品目の価格をアメリカ政府が毎月直接調査して発表します。「前年比3%」という数字なら、去年の同じ時期よりも生活全般が平均3%値上がりしたという意味です。スーパーのレシート全体の平均値上がり率だと思っていただければわかりやすいかもしれません。
この数字が重要なのは、アメリカの中央銀行(日本銀行に相当する機関)が金利を上げるか下げるかを判断する際に、もっとも重視する指標だからです。物価が上がり続けている状況では、お金の流れを抑えるために金利を上げます。逆に景気が悪くなったときは、お金がよく回るように金利を下げます。この金利の方向がドルの価値を変え、ドルの価値が円を変え、円がNISAの運用成績にまで届きます。その連鎖の経路は、後ほど丁寧にお伝えします。
なぜ今夜のCPIが特別なのか――戦争後はじめての成績表

2月末、アメリカがイランへの軍事作戦を開始したことで、中東の重要な海峡であるホルムズ海峡が封鎖されました。ホルムズ海峡は、世界で取引される原油のおよそ15〜20%が通過する要所です。この通路が塞がれると世界の原油供給が急激に減り、原油価格は短期間で1バレル116ドルを超えました。
原油価格が上がると、あらゆるものの値段が連れて上がります。トラックで運ぶ食品も、飛行機に乗る航空券も、冬の暖房に使う燃料も、すべてエネルギーのコストが含まれているからです。その衝撃が公式な数字として初めて表れるのが、今夜のCPI発表です。4月8日のアメリカ・イラン2週間の停戦合意で原油価格は1バレル98ドル前後まで下がりましたが、イラン側が停戦違反を主張するなど合意はまだ不安定です。ホルムズ海峡を通過するタンカーは1日4隻にとどまっている状況です。今夜の数字が予想より高く出れば、この一時的な安堵感は再び揺らぐかもしれません。
6つの経済圏はこの数字をどう見ているか

アメリカ
アメリカでは今、「スタグフレーション(物価は上がるのに景気は悪くなる最悪の状態)」という言葉が再び聞かれるようになっています。昨年10〜12月のGDP成長率は年率0.5%に下方修正され、個人所得も減りました。それなのに物価は上がっています。この状況でアメリカの中央銀行は、金利を下げれば物価がさらに上がり、金利を上げれば景気がさらに悪化するというジレンマに陥っています。市場では4月29日の中央銀行会合で金利がそのまま据え置かれる確率を98%と見ています。これがNISA投資家に届く点は、アメリカが金利を下げにくい状況が続くほどドルの価値が高く保たれ、アメリカの株を買うときに必要な円の金額がそれだけ増えるということです。
ヨーロッパ
ヨーロッパはエネルギーをほぼすべて海外から買ってこなければならない構造にあります。とくに天然ガスを中東に大きく依存しているため、イラン戦争による打撃はアメリカ以上に直接的です。ヨーロッパ中央銀行(ECB)は3月に予定していた利下げを見送り、ドイツとイタリアは年末までに景気後退に陥るリスクがあるという警告も出ています。イギリスの物価上昇率は今年5%を超える可能性があるという見通しもあります。一方で4月8日の停戦発表直後、ヨーロッパの主要株価指数は3.7%急騰し、旅行・レジャー部門は7%もの上昇を記録しました。今夜のCPI結果次第で、ヨーロッパ市場もふたたび方向が変わる可能性があります。これがNISAに届く点は、ヨーロッパ景気が悪化すれば世界全体の消費が落ち込み、その影響がアメリカ企業の業績にも及ぶということです。
日本
日本は原油をほぼ全量輸入しています。原油価格が上がると生産コストが上がり、生活物価も上がります。さらにドルの価値が高まると円の価値は相対的に下がります。原油価格の上昇と円安が同時に来れば、日本に暮らす人たちが体感する物価の重さは二重に積み重なります。4月8日の停戦発表当日、日経225は一時5%以上急騰しました。しかし翌4月9日、イランが停戦違反を主張したことで0.73%下落しました。今夜のCPI発表の結果によっては、明朝の日経平均はまた別の方向に動くかもしれません。NISAで日本株やアメリカ株に投資されている方にとって、今夜21時半はひとつの注目時刻になります。
韓国
韓国もエネルギーをほぼすべて海外から買ってこなければならない構造です。韓国の株式市場(コスピ)は4月9日に1.61%下落しました。アメリカへの輸出比率が高い韓国にとって、アメリカ景気の減速は直接的な打撃になります。NISAとの直接的なつながりは薄いですが、韓国経済の揺らぎはアジア市場全体の心理に影響し、日本市場もその流れのなかにあります。
中国
中国の状況は他の国とやや異なります。イランから割引価格で原油を購入しているため、短期的にはエネルギーコストの面で有利な位置にいます。ただし世界全体の景気が悪くなれば、中国の輸出も落ちざるを得ません。中国の主要株価指数(CSI 300)は4月9日に0.64%下落しました。これがNISAに届く点は、中国景気の減速がアジアのサプライチェーン全体に影響し、間接的に日本市場にも波及するということです。
新興国(インド・ブラジルなど)
新興国は原油価格の上昇とドル高という二重の圧力を受けています。インドのNifty 50指数は4月9日に0.89%下落し、インドの中央銀行はイラン戦争が物価上昇と成長鈍化のリスクを同時に高めていると警告しました。新興国にとって、アメリカの金利が高く維持されるほどドルが強くなり、自国通貨が弱くなる構造が続きます。これがNISAに届く点は、新興国の不安が高まると安全な資産を求める動きが強まり、その流れが日本国債や円にも影響することがあるということです。
経済のつながり――今夜のCPIが私のNISAに届くまでの経路
イラン戦争でホルムズ海峡が封鎖されました。→ 世界の原油供給が急減しました。→ 原油価格が跳ね上がりました。→ アメリカの物価全体が上がりました。→ 今夜のCPIが高く出る可能性があります。→ CPIが高ければ、アメリカの中央銀行は金利を下げにくくなります。→ 金利を下げなければ、ドルの価値は高いまま保たれます。→ ドルの価値が高いと、円は相対的に下がります。→ 円安になると、NISAでアメリカの株を買うときにより多くの円が必要になります。→ すでにアメリカ株を持っている場合、円換算の評価額が増えて見えますが、それは本当の利益ではなく、円の価値が下がったことを反映した見た目の変化かもしれません。
この連鎖のなかで今夜は、3番目の矢印——「アメリカの物価全体が上がった」という部分が、実際にどの程度だったのかが公式に確かめられる日です。
3つのシナリオ――数字によって変わること
今夜の結果によって、市場は大きく3つの方向に動く可能性があります。どの方向が正解かを断言することはできませんが、それぞれの場合の流れを知っておくと、明朝のニュースを読むときに慌てずにすみます。
ひとつ目は予想の範囲内(3.3〜3.7%)の場合です。市場はすでにある程度高い数字を織り込んでいるため、「想定どおり」という受け止めで比較的落ち着いて消化する可能性があります。
ふたつ目は予想より低く出る場合です。3%前半であれば「物価の圧力は思ったより弱い」という解釈が生まれ、金利を下げる余地があるという期待が蘇ります。株価が上がり、ドルが弱くなる展開も考えられます。
みっつ目は予想より高く出る場合です。3.7%を大きく超えれば、金利をさらに上げる可能性が市場で意識されはじめます。株価が大きく揺れ、ドル高が進む展開もあり得ます。NISA投資家にとってはもっとも緊張感のあるシナリオです。
この記事で覚えておきたいこと、ひとつだけ
今夜21時半に出るCPIの数字は、イラン戦争後はじめてエネルギーの衝撃が公式な物価にどれだけ反映されたかを示す、最初の成績表です。原油価格の上昇 → 物価上昇 → 利下げの先送り → ドル高 → 円安 → NISAへの影響、という連鎖のなかで、今夜は「物価の上昇が実際どの程度だったか」が確かめられる日です。
最初にお伝えしたように、ひとつの数字が世界を動かすことがあります。その数字の意味を知ってから今夜を迎えると、明朝のニュースが少し違って見えるかもしれません。市場がその数字にどう反応したか、明日また一緒に確かめていきましょう。
CPIとPCEは何が違うのですか?
どちらも物価を測る指標ですが、CPIはアメリカ政府が家計の支出をもとに計算し、PCEはアメリカの中央銀行が金融政策の判断に使うことが多い指標です。品目の構成や計算方法が異なるため、数字に多少のずれが生じることがあります。
CPI発表後、NISAはすぐに影響を受けますか?
数字の発表直後から為替や株価は動きはじめますが、NISAの評価額に反映されるのは翌営業日の市場が開いた後になります。発表当日に慌てて操作する必要はありません。
イラン戦争が終われば物価はすぐに下がりますか?
停戦や和平が実現すれば原油価格は下がる方向に向かいますが、ホルムズ海峡が完全に再開して物流が正常化するまでには時間がかかります。また一度上がった物価全体がすぐに戻るわけではないため、専門家の多くは2026年後半まで物価が高い水準で推移する可能性があると見ています。